パパ育休 – 180日間の育児奮闘記
最近、「統計によると…」という言葉をよく耳にする。
統計とは、個々の構成要素たる数字の分布状況を調べ、その集団の属性・特徴を数量的に把握することである。
その結果を数値や図表に表現することで、人に解りやすく伝えることができるデータだといえよう。
言い換えれば、統計分析後の数字・図表は一目で理解できるように加工された数字といえるのではないだろうか。
ここ数年で言えば、新型コロナウィルス感染症患者の数値もその1つ。
感染者が出始めた当初は、まだ何もわからず、ただただ得体のしれないウィルスに翻弄されるばかりだったが、様々なデータが集まるにつれ、少しずつ対処法がわかり始めた。
それでも現在進行形のこのウィルスには、まだまだ翻弄される部分は多いのだが、パンデミック(全世界的なパニック)からは脱してきているように思える(個人的な見解かもしれないが)。
そう思えるのも、様々なデータを集約し可視化したことで、先行きの予測ができるようになったからなのだろう。
しかし、毎日更新される数字を目にしているうちに、ふと疑問が湧いて出た。
「この数字の信ぴょう性は何パーセントなのだろう?」
たくさんの数字をデータ化しているのは確かなのだが、その抽出の仕方によって可視化されたものに違いが生まれるとしたら…。
そして、それを知りつつ相手に伝えているとしたら、これはもう情報操作という代物に変わってしまうのではないだろうか。
これは非常に画期的だ!と思えるものも鵜吞みにせず、どのように抽出されたものかというところまで掘り下げて読み取ることや、
ひとつのデータのみに捉われず、様々なデータを一歩引いた目線から比較しなければ、本当の姿は見えてこないように思う。
そんな風に考えてしまうのは、石橋を叩いて、叩いて、叩き割らない程度に検証しないと気が済まない自分の性分なのかもしれないが、そこまでして出した答えは、きっと自分に大きな力を与えてくれると信じている。